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結婚相談ブログ

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彼女と付き合って3ヶ月たったある日。
「できちゃったの」と、、、
これはえらいこっちゃということで、即時プロポーズをし、翌週には彼女のご両親に挨拶へ。

できちゃった婚のカップルは年々増え、今や4組に1組の割合だそうで一般的になりつたあるそうなんですが、とはいえ、親世代にはまだまだ保守的な考えを持つ人は少なくありません。

年齢も28でしたし、なにやってんだというお叱りも覚悟してました。
特に女性側の両親は、娘が婚姻前に妊娠してしまったことに対して、快く思うことは少ないです。両親への挨拶は、妊娠を伴わない一般的な結婚報告よりも、慎重にそして丁重に行うようにしました。

重要なのは根回しだと思い、彼女から訪問日のアポイントを取る際、結婚をしたいということと、赤ちゃんが出来たということを、あらかじめ親に伝えてもらい、当日のショック?を和らげることをしました。

挨拶当日は手土産を持参し、結婚と妊娠の順番が後先になってしまったことをお詫びして、もともと結婚をするつもりでお付き合いをしていたが、思いがけず赤ちゃんが出来たので、時期が少し早まったことを伝えようとしました。

しかし、緊張のあまり私から言い出せず、両親から切り出され、「娘を幸せにしてくれ」と言われました。
情けないですが、今では家族仲良くやっており、最近は二人目も産まれました。

孫のことはすごく可愛がってくれてます。

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義母とは結婚前から一緒に食事に行ったりしていましたが、義父とはお話しした事がありませんでした。義母も主人も、義父は変わった人だから会っても話をしないかも知れないから気にするななど言われていました。

ワイワイ騒いだりするのも嫌い、好き嫌いも多い、嫌な話しばかり聞いていました。結婚する事も決まり、義母にそろそろみんなで義実家で食事をしようと招待されました。義父は外食などは好きではないとの事で義実家に兄弟と近くに住んでいた親戚が来ることになりました。

みなさん「大丈夫よ!喋んなくてもきにしないで!」などと言ってきましたが、いざ伺うと、義父はニコニコしながらご挨拶をしてくださり、私の仕事の話を聞いてきたり、義母がすすめてきた食べ物に「好きなものだけ食べれば良いんだよ!」などと声をかけてくださったりしていました。

全然喋らないと聞いていたのに、みなさんとワイワイお話しもしていましたし、怖いおじさんなのか?と勝手なイメージで緊張していたのですが、全然そんなことなくて、とっても安心したのを覚えています。自分から行動したり、ベラベラ喋るタイプの方ではないですが、その日から私は変わった人とは思わず、シャイな方なんだなと思ってすごしています。

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旦那の両親に結婚の挨拶に初めて行く日、私は約束の時間に遅れてはいけないと思い早めに家を出ました。電車で1時間半くらいかかる旦那の実家に向かっていると途中で電車が緊急停車しました。驚いているとまさかの人身事故で電車が止まってしまいました。

もちろん運転再開までかなり時間がかかるので旦那に急いで連絡しました。旦那の両親への初めての挨拶の日にこんなことになるとはと落ち込み1時間くらい電車が再開するのを待っていました。ただでさえ緊張してるのに遅れて行くなんてと最悪な気分でした。

結局、1時間くらい遅れて旦那の実家に着き旦那の両親に謝りました。そのことで怒られることはなかったのですが何となく旦那の父親の威圧感がすごかったことを覚えています。結婚しますと報告した後、私がいるにも関わらず、ずっと旦那に結婚しても食べていけるのかやどこに住むのかなどを聞いていて親子であまりコミニュケーションが取れてないんだと思いました。

結局、私はあまり話さず結婚の挨拶はそれで終わってしまいました。結婚の挨拶と言っても形式的なものだし顔を合わせるだけですがその時にあまり良い印象がなく今でも苦手ではっきり言って仲良くないです。結婚の挨拶での初めの印象はそのまま後にも引きずられている気がしました。

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主人とは2年間お付き合いをして結婚しました。付き合っている時に何度か主人の両親と顔を合わせる事があったのですが、なかなか打ち解ける事が出来ず微妙な距離感のままプロポーズを受け、結婚を決めました。

いざ主人の実家に挨拶に向かうと、事前に時間を貰えるよう伝えていたにも関わらず、両親は留守でした。この事だけでも心が折れてしまいました。そして、時間を潰せるような所も近くになかったため、勝手に実家に上がる事に。少ししてから両親が帰宅、挨拶もなしに家に上がりこんでいた事に激怒した姑は私に集中砲火で罵声を浴びせてきました。


私が泣きながら謝り、主人も必死にフォローして何とか結婚の話題に持ち込むと今度は姑が泣き始めました。何が起こったのか分からず呆然としていると、姑は息子を手放したくないとまるで子供のように駄々をこね始めました。腸が煮えくり返り我慢の限界で姑に言い返そうとしたその時、主人が泣きながら姑に駆け寄り抱き締めたのでした。

その姿を見て愕然としました。主人の優しさに落ち着いた姑はまるで人が変わったかのように笑顔になり、二人の結婚を快諾したのでした。あまりの異常な親子関係に一度は結婚をやめようと考えましたが、姑との関係性以外に主人への不満はなかったため、結婚し今も仲良く生活しています。

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私は26歳、妻は25歳で結婚しています。当時、私はまだ大学院生でしたが、妻(当時は彼女)は既に看護師として働いていました。ほぼ同棲生活をしていましたが、私に収入はないので、というか逆に学費がかかっていたので、生活費は全て妻。ヒモでした。週に一度は妻に妻の母から電話があり、話している内容は通常の親子の内容と、時折私が今何をしているか話しているようでした。

これが重なると、さすがに挨拶しないと申し訳ないと追い詰められ、電話口で挨拶をし、これが初めての会話でした。今度の夏休みに観光がてら挨拶に行くと、言わざるを得ませんでした。結婚は少々意識していましたが、結婚したくなかったわけではなく、結婚という現実がまだまだ自分には相応しくない未知なものと、漠然と感じていました。更にはヒモ状態なので、結婚したいとなれば、両親からは拒絶されるか、厳しい条件を突きつけられることは目に見えていたからです。


そして夏休みに、関西の妻の実家に伺うと、その日の夜に早速料亭に招かれ、四人で会食になりました。改めて私から挨拶をし、当然「こんばんわ」だけで終われるはずもなく、「結婚を前提にお付き合いさせて頂いております。」と、話しました。

少々沈黙の後、「できれば早く結婚して下さい」と、予想外のお父さんからの返答。とてもびっくりしましたが、なんとか話しを続けつつ、「まだ学生の分際で....」と話すと、「結婚することに支障はない。」と。私は、「しかし結婚式では体裁が悪い。」と切り返すと「入籍だけなら問題ない」とお父様。あえなく御用となりました。東京に帰ってきてから早速入籍をし、大学院卒業後に結婚式を挙げました。

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私は、結婚の挨拶をするために初めて結婚相手の実家に行きました。それまで実家に伺ったことがなかったのです。ご両親とは、家以外の場所で数回会っていたのですが実家は初めてでした。
挨拶に行く当日、やはり極度の緊張で頭の中は落ち着いて物事を考えられない状態でした。いざ家の中に入ると和室に通されて、お義父さんとの会話が始まりました。お義父さんは、すでに定年退職されており、当時は自身所有の土地にアパートを建設しているところでした。
私はアパートの話をしようと思い、「アパートの方はどうですか?満室になるといいですね。」と話題を振るとお義父さんは、「建設から管理まで大手のアパート管理会社に任せてあるから何もやる事はないよ。空室もその会社が補償してくれるしね。」と話してくれました。
この会話でお義父さんは、空室を「あきす」と言ったのです。空室のことを「あきす」と言ったのですが、私は泥棒の空巣のことだと受け止めてしまい、「えっ泥棒が入っても補償してくれるなんてすごいですね。どういう補償なんですか?」とさらに質問してしまい、その場が固まってしまったことを覚えています。
今から落ち着いて考えれば、アパート経営で「あきす」という言葉であれば空室を指すことくらい分かりますが、当時はそのような余裕もありませんでした。

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私が結婚相手の両親に挨拶に行ったのは、入籍する2ヶ月ほど前のことです。
遠方に暮らしていた義両親には彼から結婚するという話を報告済みで、挨拶のために新幹線で東北の彼の地元に一泊で行きました。
当時彼はもう40歳手前で、年齢から言って孫は諦めかけていた義両親にとって、5歳年下の私が結婚相手ということはとても嬉しかったようで、会って早々に「本当によかった、ありがとうね」と手を握られて、私もとても嬉しかったのをよく覚えています。
駅まで迎えに来てもらい、実家の近くにある割烹で義両親と彼と私の4人というメンバーで食事をとりました。はじめのうちは和やかに会話が弾んだのですが、途中からあることをきっかけに雲行きが怪しくなりました。それは、結婚式のことです。
私たちはお互いいい歳だし、私の両親もイベントに無頓着だったので、結婚式はしないつもりだったのですが、義母が「やっぱり式は挙げた方がいい。花嫁は女性の夢だから」というようなことを言い出し、彼が「俺と彼女がしたくないと言ってるのに、自分の価値観を押し付けるなよ」と対抗。「あんたは昔からそう!」と2人とも感情的になり、子供同士のような大げんかになってしまいました。
気まずい雰囲気のまま店を後にし、私はどちらの味方に付くわけにもいかないのでただオロオロしていました。結局、その日のうちに親子で和解して円満に挨拶を終えられたのですが、初めて義両親に会ったにしては苦い思い出になってしまいました。

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結婚理由が出来ちゃった結婚であったことが、かなり妻の両親への挨拶はこれ以上無いくらいに億劫になりました。日に日に妻(当時は彼女ですが)のお腹が大きくなるのを実感しながら、タイムリミットは近いなと毎日毎日いつにしようかと悩んだのを覚えています。
このままでは余計に言えなくなると自覚して、先ずはお母さんへ事実を伝えるために挨拶に伺いました。
かしこまってスーツで向かい、玄関先で一通りの事情説明と頭を下げて帰りました。お父さんへの報告はさすがにあっさりとは難しいと考えての行動でした。
幸いお母さんは、自分達の事は自分達で決めたらいいんじゃないの。的な答えであり、細かいことは一切言わない方なので助かりました。
後日、お父さんが在宅中に伺う事になりましたが、妻の自宅まで行き玄関先でインターフォンを押してから出てくるまでの時間の長いこと。緊張のあまりに感覚的に長いと感じたんでしょうが。
実際は10秒くらいだったと思います。
お母さんが玄関先から顔を覗かせて、手招きで合図をしてくれていざ出陣。
お父さんは居間で酒飲んでます、しかも日本酒。マジか〜、それはそうだわな。来ることすら言ってないから普段通りで当たり前だと。
君は誰?みたいな顔で、お母さんに目配せしてました。
モジモジしてても始まらないので、トイ面に座って名前と妻とお付き合いさせて頂いています。と、自己紹介を済ませて間髪入れずに結婚させてください。と申し入れをしました。
ほんの数秒、お父さんの口の中に残ったお酒をゴクッって飲み切ったところで、宜しくねって返答。
ホッとして何とか終わったよ。ここ数ヶ月の悩みから解放感一杯でその日は失礼することに。
帰ってから気付いたんですが、出来ちゃったことを伝えるのを忘れてた事に。
あくる日に再訪問して伝えましたが、それでも尚更宜しくねって話で挨拶は完了しました。
 

 

 

 

 

 

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年下の彼と付き合い始めて半年程経った頃、世で言うスピード婚をすることにしました。最初は不安もありましたが、その中でも1番不安だったのは彼の両親への挨拶でした。


付き合っている頃から1度も会ったこともなく、もちろん話したこともないので不安でしたし、何より私が年上なので「年上なのにしっかりしてない」と思われたらどうしようと思っていました。なので当日は少し奮発して地元の銘菓を手土産に伺いました。簡単なご挨拶をさせていただいて手土産を渡し、まずは仏壇にご挨拶しせていただきました。これは昔から両親から指導されていたことなので何も考えなくしたのですが、あちらの両親からすれば「若いのに珍しい」と驚いたようで「しっかりしているね」と言われました。


それからは客間に通されて、結婚の話は彼がしました。私は全ての話が終わった後に「よろしくお願いします」とだけ伝えたのですが、ご両親から出た言葉は「本当にこんな息子で良いのか。もっと良い人がいたのではないか。もったいない。」と申し訳なさそうに言われました。あまりにも想像と違う言葉だったので拍子抜けしてしまいましたね。


それからは結婚してからも、「いつもごめんね」と心配されるくらいです。はじめの印象って大事だなと思いました。

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彼は外国人で、私たちは国際結婚をしました。
今は日本に住んでいるのですが、以前は彼の国に一緒に住んでいたのです。

そんな彼の両親はもちろん外国人です。
しかも彼のパパもママも別の国で出会って国境を超えた恋愛の末に結婚した仲だったのです。

そんな彼の両親に結婚の挨拶をしに行った時はものすごく歓迎されました。
彼らと同じように国際結婚をした私たちを本当に祝福してくれたのでした。
最初は緊張していたのですが、オープンマインドな両親ん歓迎ぶりに私の緊張もすぐになくなりリラックスして話すことができたのです。

私はスペイン語で仕事をしており、ビジネスレベルで話すことができます。
パパと彼はスペイン語のネイティブなのでコミュニケーションを取ることに問題はなかったのですが、問題はママでした。
ママは自国の言葉の訛りがすごく強いスペイン語を話すので、ネイティブではない私は理解するだけでも一苦労。
パパと彼が通訳に入ってくれることもしばしばでした。

その後、女同士で遊びに行こうということになり彼のママと2人でお買い物に行くことになったのです。
通訳の彼もパパもついて来てくれません。
焦りながらもジェスチャーや筆談でなんとかその場を乗り切りました。

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